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新しい年度になりました。

 ゴルフに大騒ぎしている間に、世の中は年度が変わっていました。そろそろまた、現実のチェリストミヤケに帰らなきゃ。。

 前回、面白がってすごい写真を載せてしまったので次に載せる写真がすごく難しくなりました。そんな時はとりあえず、これでしょう!

 Ccf20090330_00000

初日にあっというまにチケットぴあで予定数終了になったこのコンサート、実はチケットぴあにあまり頼んでいなくておこった事態だと判明! まだチケットあるみたいです。みんな集中して眼を閉じて弾いているのに、ミヤケだけなぜ? どうしてこの写真が選ばれたか?

実はみんなはソロの暗譜ができていたのですが、僕ほ『BUNRAKU』がどうしても不安で、楽譜を置いて弾いてたのです。

 『ミヤケ、楽譜にかじりつく』の図でしたとさ。

暗譜の問題はなかなか深いですよ、そもそもリストとクララ・シューマンが始めてしまったこの悪習。。

僕の意見では、五感の総容積は決まっているので、『見ること』にとらわれすぎると、『聴くこと』がややおろそかになる気がします。そういう意味では暗譜はいいことですが、『忘れるかも』という恐怖との戦いは音楽にとっていいのかどうか??

お暇なかたはおこしやす。

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「コンサート」カテゴリの記事

コメント

いよいよ、アップの時☆ですね。
チケットと共にお送り頂いてましたので、既に、ばっちり、その辺りのこと感じてました。
めがぱちり☆。

出してきました。
どちらの方も、いいお顔されています。
また、カットのデザインも素敵だなぁと。
三宅さん、お着替えもされてるようです。

どうぞ、新年度も、三宅さんらしく、元気に強気!!で、進まれてくださいね。

願ってます。

はじめてお邪魔いたします。
おひとりだけ眼を開けてらっしゃる!と思って見てました。そういうわけだったんですか。事情はともあれ、気迫が伝わってきます。
お暇な方は?その日は繰り合わせて、なんとしてでも。
シャツは、黒ですか。花柄じゃないほうがいいと・・

クララさんとリスト先生、このお二人なら・・・
「ワタクシなら初見でも弾けてしまいますし、それにちょっと弾けばたいがいはしっかり身についてしまうものですわ、おほほ」とクララさんはおっしゃっていた、かどうかは知りませんが、ピアノの楽譜に積み込まれた情報を10ボリュームとするなら、弦楽器の楽譜はその2~3割のボリュームがあるのでは(ボウイングや、どの弦を使うか、ポジションなども、要注意で書きこむ場合もあることを考えると)。ですからここは、「絶対暗譜がいい」と素人の口からはとてもいえないことなのですが、一方で、聴衆にとっての、「演奏者が楽譜を持って舞台に現れた」場合のデメリットも、ないとはいえないような・・・。

例えば、「もしかしたら、この演奏家は練習不足なのでは。あるいは自信がないのでは」という余計な憶測、穿った与件をよび、ついつい減点法的な耳になってしまって、演奏を愉しめなくなる・・・
また、譜面台が、演奏者と聴衆の空間を寸分ではあっても遮断する、という物理的な事象が、ひいては演奏家が楽譜に集中対面していると、そこには演奏家とその作品だけの世界ができあがってしまっているように見えて(聴こえて)、どうも「入っていけない」もどかしさ、感動スイッチがONにならないところで、演奏会場の座席に座っていながらなんだか居場所がなくなってしまったような感にさいなまれることに・・・。
もちろんこれらは、聴く側のスタンスのとりかた次第、ある意味聴く側の姿勢、アンテナの大きさも問われるところではあるのですが。

ただ、「ちょっとやそっとのマチガイなんて、みなさん、気にしないでちょうだいね。まあここは黙ってワタクシについていらっしゃいませ」というくらいの大胆さで舞台に上がられたほうが、かえってマチガイが起こらないようにも・・・??

双子座のABの上のコメントの「2~3割」は、当然「2~3割増し」の間違いです、なんだか今頃気づいています。今度からちゃんと「確認」してから送信しなければ。もうしわけありません。

暗譜についてです。
ギドン・クレーメルは絶対に最近楽譜を見ます。あの世界的ソリストのムローバも見ます。だけど、僕が見ると勉強不足って言わるんですよね。僕は楽譜を置く事が多いです。暗譜の失敗で悲惨なコンサートを数多く見ましたが、ああなるぐらいなら安心として楽譜は置く方がいいと思います。バッハの無伴奏も家の中では全部暗譜で弾けるんですよね。だけどコンサートでは突然頭が真っ白になる事があるんですよね。1度バッハの3番のアルマンドで止まった事があります。評論にぼろくそ書かれました。勉強が浅かったせいか、途中で止まっていたと。バッハを弾いた事がある方ならこの悔しさはわかって頂けると思いますが、社会的には勉強不足の一言で終わってしまうのが悲しいです。
僕はたまたま暗譜している曲を演奏するときは必ず目を瞑って弾きます。その目を瞑る事が、寧ろ空間に音を投げ出す事を阻害していると思っています。集中しているようで、ホールに向けて響かす事がおろそかになっていると思い、今ちょっと思案中です。

Aokiさん

励ましのコメント、ありがとうございます。7月のコンサートも遅ればせながら形がほぼ見えてきました。
お着替えじゃないんです。僕はリハーサル時の写真なんだと思います。

M・Tさん

初コメント、ありがとうございます。。残り若干枚だとマネージメントの方に伺いました。ありがたいな。。
花柄は私生活では着ることもありますが、本番では??着るかも?


双子座のABさん

暗譜の問題を持ち出した僕が悪いんですが、なかなかデリケートな事案なんですよ。ちなみにカザルスははっきり暗譜で弾くことに意味はない、って言ってます。 困ったな、なんてコメントしようか迷っていたら、↓のちぇろやすが演奏家代表のコメントをくれたので、僕もそれにのっかります。 付け加えて言うなら、東京の音楽シーンは練習不足で楽譜にしがみつくような音楽家が残っていけるような場所ではありません。双子座のABさんのような世界でもトップクラスの聴衆のレベルを誇るのが東京です。


ちぇろやすさん

といったわけで、キミのコメント助かりました。ナイス。
僕もバッハは楽譜は飾るけれど見ない、というのがいい気がします。鈴木秀美さんなんかは、本番中に楽譜を見ていてインスピレーションが沸く、といったようなことを昔言っていました。(飲み屋でしたけれど。。)

アゴスティーニはアンサンブルで暗譜で弾くのはプロのやることではない!と言ってました。その真意は、お互いにちょっとしたミスなどがあって、その影響を最小限でとどめなければいけないのに、楽譜がなかったら、パニックになってしまう。そんな不安を抱えていい演奏を提供できない、、ということでした。

どっちでもいいんじゃない?いい演奏なら? ジャンジャン。

ミヤケサマ、ちぇろやす様、ありがとうございました!!
そうなんです、いい演奏ならいいんです、ちゃんちゃん!、賛成です。
いや、自分で言っておいてナンですが、実はここのところ、私も迷いがありました。ギドン・クレーメルのお話もいつか音楽雑誌でとりあげられていたことがありますし、そのクレーメルが楽譜をあえて舞台に持ち込むのは、やはり鈴木秀美さんのように、「新しいインスピレーション」の喚起という意味があるだろうということもいわれていましたし・・・。
指揮者もスコアを前においていますが、本番ではほとんど見ていないことも多いと思いますしね。「楽譜を置いている=暗譜していない」ということではないですものね。
考えてみれば、「楽譜を置いている」→「暗譜していない」→「いけないことなんじゃないか」という誤認を、素人にもたらしてしまうことになってしまうなんてことは、リスト先生やクララさんも思いも及ばなかったことだと思いますが、何はともあれ、目からウロコで、なんだか安心しました。
あらためてありがとうございました。

こんにちは。チラシの写真、素敵じゃありませんか。さて私の場合、チェリストの方の弓や指を見るのも演奏会の大きな楽しみのひとつです。なので、せっかく前方の席を取ったのにもかかわらず譜面台に隠れてしまい見えなかったりするとがっかりです。特にがんばって前方中央席を取った時に限って見えない事が多いです。なんで暗譜してくれないのしらと以前から思っていたのですが、奏者の方の意見は新鮮でした。なるほど、です。

演奏家のお仕事って、こわいですね。
演奏技術とは別のところでも闘わなければければならないのですもの。
あらためて、その緊張感たるや、想像を絶します。

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