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若杉さん

 昨日の新聞を見て驚きました。 指揮者の若杉弘さんが亡くなった!? 昨年の新国立劇場の『黒船』の公演でご一緒したのが最後になってしまいました。

 若杉さんの功績等については、メディアでいくらでも報道されてますので、ここではあえては書きません。 はじめてお会いしたのは桐朋の学生オーケストラでした。ワーグナーのトリスタンとイゾルデから有名な愛と死の部分、そしてブルックナーの交響曲たしか0番をやったと思います。 

 僕がチェロの首席だったのですが、ワーグナーの出だしがすごく遅くて、ボーイングをどんどん返していたら、『日本では苦しいからといってすぐ安易に弓をかえして楽で早い弓をつかうけれど、それはだめだ』と厳しく言われたのが印象的でした。 とっても勉強熱心で、僕ら学生のつまらない?質問にも丁寧に答えてくださる方でした。

 その後、僕がアメリカに留学して、帰ってきた直後に東京都響のエキストラに呼んでもらって、一番後ろの席でおとなしく弾いていたら、たまたま若杉さんがそのコンサートの指揮者で、僕を見つけてリハーサル中の指揮台の上から『お久しぶり』 と声をかけてくれたのはびっくりしました。 指揮者の記憶力ってスゴイなとはじめて実感しました。

 東京室内歌劇場の『狂っていくレンツ』の公演では、弦楽器がチェロのみで、僕がコンサートマスターを務めたのも懐かしい思い出です。 この公演は各誌でその年のベストコンサートのひとつに選ばれました。

 若杉先生の指揮はとってもわかりやすいという今風の指揮ではありませんでしたが、逆に中に秘めた情熱がお客さんをひきつけるタイプでした。こういう昔の大指揮者がどんどんいなくなっていきます。ちょっとさびしいですね、指揮の技術ばかりうまくて中身の空虚なコンダクターの多いこと! もちろん、例外もいますけれどね。

 昨年の『黒船』のときに、ちょっとお年をとられたなと正直思いましたが、まさかお亡くなりになるとは夢にも思いませんでした。 安らかに眠られることを心からお祈りします。

 

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「音楽」カテゴリの記事

コメント

3年前の6月に亡くなられた岩城宏之さんが振るはずだった、その年9月のN響横浜定演。前半、武満と黛の現代モノを若杉さんが、後半ストラヴィ春の祭典を外山さんが振った、実質岩城さんの追悼公演となりました。
姉夫婦が早くからチケットをゲットしていたのですが、「岩城さんじゃないんなら、バッティングして諦めていたY下Y輔さんのコンサートに行くから」と、あっさり気前よく、父と私に譲ってくれました。

娘がオトナになってからは、同じコンサートで偶々出くわすということはあっても、連れだってコンサートにゆくことなどなかった父。
(昔、県立音楽堂の例年12月のメサイア公演は「全席招待・抽選制」で、それに1組2名で当たった年に一緒に行って以来じゃない? 十数年前か、あの時は確かメゾソプラノが米良さんのカウンターテナーだったね)(先週のN響本定演も若杉さんで、マーラー9番だったんだ。若杉さんのマーラーは、ほんとに流石だったよ。でも長いからなあ。前座のウェーベルンのパッサカリアも儲けものだったなあ)
よくしゃべる父。

帰りしな、
「今日の若杉さんの黛・曼荼羅、よかったねえ」
「でも、ちょっとお痩せになったかしらねえ、若杉さん」
もともと細身の若杉さんでしたが、シャツの襟からのぞくお首がなんだか妙にほっそりと見えて、お身体の具合でも? と気になったものです。
若杉さんより9歳年上の父のことは、不肖の娘はさほど心配していなかったのすが、それから1ヵ月半後、あれよあれよという間に逝ってしまいました。

父の音楽愛好家人生のラストステージ、フィナーレを振ってくださった若杉さん。
ありがとうございました。

ミヤケサマがおっしゃる通り、昔年往年の名指揮者、音楽家が一人、また一人と旅立たれてゆかれるのは、なにか薄衣が一枚一枚、風に誘われて天に昇っていくかのようなもの哀しさを思いますが、これからを担ってゆかれるミヤケサマはじめ今世代の音楽家の方々の楽の音を聴く歓びが、そのもの哀しさを覆ってくれます。いつも、ありがとうございます。

いつの月だったか、父の月命日の日にタワレコのワゴンセールで偶々見つけた黛・曼荼羅交響曲(これは岩城さん/N響ですが)のCDを、今、聴いております。
合掌。

長々と失礼いたしました。

音楽家が亡くなられる度に、もう少し早く生まれたかったなぁと感じます。

私がクラシックの曲を聴くようになったのは昨年の五月ごろからだったと思います。いろいろなCDを聴いて、この指揮者、演奏者の音楽を生で聴いてみたいな、と思います。しかし、もうコンサートでは演奏を聴けない人もたくさんいらっしゃいます。カラヤン氏、朝比奈さん、ロストロポーヴィチ氏。。。言い始めたらきりがないとは思いつつ、いつも残念に思います。

恥ずかしながら私は若杉さんという方を存じませんでしたが、そんなに素晴らしい人であったならぜひコンサートの場に居合わせたかったです。

私はまだまだガキですが、どうしようもない後悔のようなものを感じます。


拙い文章を失礼いたしました。

あのときの桐朋オケチェロトップは三宅さんでしたか!
あのリハーサルはよく覚えているのです。
私もブログにそのときの思い出を書きました

改めて若杉先生に深い感謝とご冥福をお祈りします。

hmさん

気持ちのはいったすばらしい文章にどうお応えしていいかわからず、すぐにコメントバックできず、すみません。。本当にわれわれ音楽家は一回一回の音楽会を精一杯こなさないと申し訳ないですね、痛感させられました。


群青さん

僕も年齢はいっていますが、文章のとおりガキでございます。ご安心を!
たしかに往年の名演奏家を聞ける機会はあまりないかもしれませんが、まだまだ聴ける人がたくさんいますよ。 ペレーニは聴いておいたほうがいいと思いますよ。ギトリスも秋に来るようですから、諸事情が許すなら聴いて損はありません。


ユリさん

今度、あのときの話、ゆっくりしたいですね!

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