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国境

 昨日、一昨日と神奈川県内で「ショパンの手紙」の公演が続きました。初日は橋本の杜のホール、CDを録音した場所です。 もうあれから半年たったかぁ。僕たちが録音しているとき、国内で初の新型インフルエンザの患者さんが成田空港経由で、橋本駅前を通ったといって大騒ぎでした。いまや一週間で100万人の患者さんが発生しているらしいですね。半年前は政権も麻生だったしね、ほんの数ヶ月でわりと変わったなぁ。

 昨日、ショパンのチェロソナタを弾きながら、「ショパンは一生に50回ほどしか公開演奏をしなかったんだよなぁ。」ってなんとなく思っていました。 祖国ポーランドに帰ることなく亡くなり、心臓だけがポーランドに戻ったショパン。 あのチェロのカザルスもフランコ独裁政権に反対して祖国を離れ、1946年以降世界中からの演奏のオファーのほとんどを断り、カザルスの死後にようやくフランコ政権が倒れて、スペインへカザルスの遺体が戻りました。

 国の境、国境というものがどれほどたくさんの人の一生に大きな影響を与えているんでしょうね。 日本では目に見える国境線がありません。これはある意味幸せなんでしょうけれど、ピアノのチェいわく「日本人はココロの中に見えない国境線がある」。日本で働くたくさんの外国人の人はおそらくそれを実感しているでしょう。

 マスコミの報道も変です。犯罪もいかにも外国人が多く起こしているように報道していますが、その件数はもちろん日本人のほうが多く、犯罪率も変わりません。僕が読んでいた死刑制度の本にも、少年犯罪や凶悪犯罪は減少傾向なのに、ここに暮らしているぼくたちの不安感は増すばかりで、これは報道のやりかたのせいだと書いてありました。たしかにそうかもしれません。マスコミがこの国の方向をコントロールしている部分があるかもしれません。民主党政権になったのも彼らの筋書き?と勘繰りたくなります・ 

 

 ひさしぶりにマジメに書きましたが、今日はすこしのんびり。科学技術館でおこなわれている「弦楽器フェア」でものぞいてみようかな。

 

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コメント

日本人に限らず、ココロの中の国境は、いとも簡単につくられてしまうものかもしれません。私がかつて接したことのある外国の方のお話などもちょっと思い出しながら、以下・・・。

例えばドイツが2つのドイツにさせられ、そして再び1つになるその前夜。
「国境」によって家族や親族が分断されてしまった経験者は、心から統一を願っていたと思います。そうでなくても、多くはひとつになることを、半ばあきらめ、しかし心の中では望んでいたとことでしょう。
が、戦後45年、分断から30余年を経て、西の人の中には必ずしも1つになることを、積極的には望まない人も、少なからずいたことも事実のようです。
また現に旧東出身の人は統一当時、経済的弱者として差別的待遇を受けたことも少なくなかったようです。
そもそも統一自体が、東西ドイツ国民の積極的な統一運動によって成就しというより、当時のソ連のペレストロイカ達成成功への絶対的切り札として、外からの動きが大きかったともいえるかもしれません。
それに、中国と台湾の関係も微妙のようですよね。中国政府は台湾を独立国として認めないという割には、私の知る中国の方も台湾の方も互いにanother countryという意識を持たれているようでした。
同じ国のようにみえて、ココロはすでに別の国同士。そもそもは人為的に分たれた、本当は線など描かれているわけもない国境であったはずなのに、それぞれの社会体制や経済の違いが、目には見えなくとも深く明らかな境界線をココロの中につくってしまうのでしょうか。

一方で、建国を許されず世界中を彷徨う宿命を背負わされたユダヤ民族。そのユダヤ民族には「国境」という概念はそもそもあり得ないことになるのですが、それでも生まれ育った国を愛する心を持っています。それなのに、どの国にあってもその国の人間ではないという疎外感を、顕在的であれ潜在的であれ、抱いているようにも思えます。
G.マーラーがしばしば口にしていたという言葉には、それが如実にあらわされているようにも・・・
「私はどこに行っても歓迎されない。“オーストリアにおけるボヘミア人”、“ドイツにおけるオーストリア人”、そして“世界におけるユダヤ人”だから」

とりとめのない、しかも長話になってしまいまして、ごめんなさい、なのですが、「ココロの中の国境線」にちょっとずしりと重みを感じた由でした。
ここはテキトーに流してくださいまし・・・。

まぁ~、しばらくぶりです。時を同じくして・・・(どなたに挨拶?)

国境線の歴史、あらゆる所で続きます。
上野の「聖地チベットポタラ宮と天空の至宝展」も然り。戦利品?
ココロの中の見えない国境線、ズシンときます。
人種はもちろん、家庭、地域社会からあらゆる組織にも根強いかも。
ボーダーレス、地球はひとつなのにね。私も努力します。
15個1組の鐘。モリトク・レ・バン村に行ってみたくなりました。
想像しただけで鐘の音、鳴ってますbell
毎朝八時の「鳥の歌」、聞いてみたい。
chick これはヒヨコ。

杜のホールは町田から5つ目ですか?
結構近かったりして。行きたかったな。
行ったことないけど。

hmさん
お久しぶりですね。ご意見、同感です。中国と台湾も違う国ですが、上海の人に言わせるとチベットなんてまったく関係ないそうです。「遠すぎてわからない」って言ってました、距離も文化も。

チョコさん
今回のコンサートシリーズは鑑賞会の例会の一環でオープンじゃなかったのですよ。そうでなければもちろん告知したのですが。。
鳥のうた、バックグラウンドを知れば知るほど弾くのがプレッシャーになります。

三宅さん、おっはようございます☆。

TVで、「音舞台」をみています。
朝から〜幾多の困難を乗り越え〜日本にたどり着いた、鑑真和上に迫っています。

三宅さん、こんばんは☆。

休日の午後のおやつは、やはり、ナポリ♪。参道を見下ろすピッツェリアで、ピザをいただきました。
ちょうど♪三宅さんは更新下さってました。

いまは、何故だかの?演歌を見終えて、鑑真の番組をみてました。

和☆。
唐から渡ってきた鑑真が、伝えたかったもの。戒律、友好、平和。
イマに伝わる和の精神。心身、家庭、社会、世界に和を!!と願って。
輪○も〜和に繋がります。

人生って修行なの??

AOKIさん
僕は仏教についてはよくわかりませんが、キリスト教に比べて争いが少ないイメージがあります。宗教はもうちょっと勉強したいと思っています。なんか本探してみよう。

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